
PR BLOG
PRブログ
- 2025年07月28日
- PRトレンド 、セミナーレポート
カンヌライオンズ2025受賞作から読み解く「世界のPR潮流」
先日開催された、カンヌライオンズ2025受賞作から読み解く「世界のPR潮流」セミナーでは、注目すべき受賞事例を振り返りながら、世界のPRトレンドを読み解きました。本記事では、セミナーでお話しした内容についてレポート形式でお伝えします。
講師:ビルコム株式会社 ストラテジックプランナー 茅野祐子
PRSJ認定PRプランナー。ビルコム入社後、メディアリレーションズからキャリアをスタート。デジタルコンテンツ企画・ディレクション業務を経験し、現在はクライアントのコミュニケーション施策全体のプランニングを担当。
2014年 Cannes Lions Lions Health Bronze
2013年・2014年 Webグランプリ 企業グランプリ部門優秀賞
2015年 Asia-Pacific SABRE Awards Finalist
カンヌライオンズとは?PR部門の重要性
「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」は、1954年に設立された、世界最大級の広告祭です。世界3大広告賞の一つに数えられ、毎年6月にフランス・カンヌで世界中のコミュニケーション業界の関係者が一堂に会して開催されています。年々部門が増え、現在は全30部門と、幅広くクリエイティビティが評価されています。
2009年に設置されたPR部門は、「戦略的かつ創造的なコミュニケーションの技術」が称えられます。評価基準として「インパクトと結果」が30%と重視されています。組織やブランドの評判を確立・保護し、ビジネスを向上させるものが求められます。世界中から厳選された審査員が、社会やビジネスに具体的な影響を与えたPR事例を選出しています。
今回は、PR部門のグランプリおよびゴールド受賞事例、他部門のグランプリ受賞事例を中心に、最新のトレンドをご紹介します。
PR部門グランプリはシンプルで強いアイデア
まずはPR部門のグランプリを紹介します。
PR部門グランプリ
Indian Railways「Lucky Yatra」
インドの鉄道会社「Indian Railways」は、キセル乗車の課題に対し、非常に独創的な解決策を提示しました。インドではキセル乗車が4割にも及ぶ深刻な問題となっていました。そこで、インディアン・レイルウェイズは宝くじが文化として深く浸透しているインドにおいて、既存の切符に振られている固有のセールスナンバーを使い、切符そのものを宝くじにするという取り組みで、「切符を買う新しい理由」を創出しました。このシンプルなアイデアによってチケットの売上は34%増加しました。140万ドルを賞金として投資した結果、6億8500万ドルの収益を生み出したといいます。
生成AIの活用と倫理的課題の提起
今年のカンヌライオンズでは、生成AIが大きなトピックとなりました。フェスティバル期間中のセッションでもAIをテーマにしたものが多数開催され、今年は事例の応募時にAI利用の開示が必須項目になるなど、その存在感は増しています。一方で、グランプリを受賞した企業が、実在しないニュース映像をAIで合成してケースムービーに盛り込み、成果を誇張したとして、受賞が取り消しになる事例も発生しました。コミュニケーション業界での生成AIの存在が当たり前になる中、何のために使うのか?本当にこの取り組み・クリエイティブにAIが必要なのか?倫理面での課題はないのか?と考えるフェーズがきているようです。
受賞事例にも、AIを活用したものが複数ありましたので紹介します。どれもAIの必然性を感じる取り組みでした。
Design / Digital Craft / Brand Experience & Activation部門グランプリ
Chicago Hearing Society「Caption With Intention」
聴覚障がいを持つ方を支援する団体による事例です。映画や動画コンテンツそれ自体には大きな技術変革があったにもかかわらず、字幕は1971年以来進化していませんでした。そこで、このプロジェクトはAIを活用して字幕表現を変革。話者の感情、トーン、テンポ、話している人物までを、字幕のアニメーションや色、フォントスタイルで表現するキャプションシステムを開発。このプラットフォームをスタジオや制作会社、配信プラットフォーム向けにオープンソースで提供することで、聴覚に障がいを持つ方々のコンテンツ体験を大きく向上させました。
デザイン、デジタルクラフト、ブランドエクスペリエンス&アクティベーションの3部門でグランプリを受賞しており、高く評価された事例です。
Media部門グランプリ
Dove「Real Beauty Redefined for the AI Era」
カンヌライオンズの常連でもあるDoveは、「リアルビューティ(ありのままの美しさ)」をテーマに、世界中の女性が容姿への自信と自己肯定感を高めるための活動を長年行っているブランドです。この取り組みでは、AIによって非現実的な美の基準が広がり、多くの人々がそれを目指してしまうという社会課題に注目しました。
AIが生成する非現実的な「美しい女性の姿」と、これまでDoveが発信してきたリアルビューティの広告クリエイティブを学習させた「美しい女性の姿」を比較提示。さらに画像検索・キュレーションのプラットフォームとなっているSNS、Pinterestとコラボレーションし、Pinterest内のAIアルゴリズムで表示される「美」の姿が「リアルビューティー」になるよう学習させる取り組みを行いました。ユーザーが、Pinterest内で「その人にとってのリアルビューティー」を表現する画像を選ぶとオリジナルの動画が生成されるもので、その過程で「リアルビューティー」な画像が多くPinterest上で選ばれるのでアルゴリズムが変わるというものです。
Doveは、並行して、AIでステレオタイプに頼らず美の多様性を反映した画像を生成するためのプロンプトガイドを公開しています。ブランドの一貫したメッセージに基づき、AIを活用しつつも、その倫理面に問いを投げかける取り組みです。
PR部門ゴールド
O2「Daisy vs Scammers」
PR部門でゴールドを受賞したこの事例は、イギリスで最も有名な通信会社O2による取り組みです。日本と同様、イギリスでも詐欺電話は深刻な社会課題となっており、通信会社であるO2になりすましたものも多くありました。そんな詐欺師に、O2はユニークな方法で対抗しました。「Daisy」というおばあちゃんの音声AIチャットボットを開発しました(名前のスペルにAIが入っていますね!)。Daisyは、一度電話がつながると脈絡がない会話を次々に続けます。Daisyに繋がる電話番号を意図的にばらまき、詐欺師がこのチャットボットと長時間会話することで詐欺師に時間を浪費させ、他の詐欺電話を減らすというアプローチです。ユーモラスかつ効果的なアプローチが話題を呼び、O2の顧客満足度が42%改善しました。
SNSを主軸とした取り組み
受賞事例の中には、SNSをメインプラットフォームとして活用し、具体的なビジネス成果につなげたものが多数ありました。
Social & Creator / Health & Wellness部門グランプリ
Unilever「Vaseline Verified」
Vaselineは様々な用途で知られ、SNS上で多くのライフハック動画が拡散しています。しかし、中には真偽不明なものや有害な情報も含まれていました。これに対し、投稿されているライフハックを社内の専門家チームが実験・検証し、効果があるものや問題ないものには「お墨付き」を送りました。(YouTubeの金の盾を彷彿とさせる記念品を贈っています)お墨付きを得たクリエイターによる再投稿がバイラルを引き起こし、TikTokのショップ機能との連携によって直接的な販売にもつながりました。この施策は、ソーシャル&クリエイター部門とヘルス&ウェルネス部門でグランプリを獲得、PR部門でもSilverを受賞しました。
PR / Social & Creator部門ゴールド
NUTTER BUTTER「NUTTER BUTTER, YOU GOOD?」
PR部門とソーシャルクリエイター部門でゴールドを受賞したこの事例は、アメリカの老舗クッキーブランド「NUTTER BUTTER」によるものです。NUTTER BUTTERは、アメリカでは実家で出てくるようなおやつだそうで、ピーナッツバターサンドイッチとして売れてはいるものの、ブランドラブやカルチャーも、宣伝費もなく、忘れ去られているブランドでした。そこでNUTTER BUTTERは、TikTokなどのSNS上で、「どうしちゃったの?」と言われるほどクレイジーな世界観の動画をいくつも投稿しました。この奇抜なアプローチがZ世代の間で大きな話題を呼び、NUTTER BUTTERのアカウントのフォロワーは100万人を超えました。実際に購買行動にもつながったということです。
社会課題解決への貢献とカテゴリーエントリーポイントの創出
Titanium / Direct / Creative Business Transformation部門グランプリ、PR部門ゴールド
AXA「Three Words」
真に革新的な取り組みを表彰するTitanium部門を含む、3つの部門でグランプリを獲得し、PR部門でもゴールドを受賞しているこの事例が、最も今年のカンヌライオンズを象徴しているのではないでしょうか。
保険会社AXAがフランスで行った取り組みです。AXAは、住宅保険の約款にある「緊急避難支援」の対象として、火事や洪水などの被害に加え、たった3語「and domestic violence(そしてドメスティックバイオレンス)」を追記しました。これにより、フランスで深刻な課題となっているDV(ドメスティックバイオレンス)の被害者が家から緊急避難する際に、AXAが培ってきた既存の緊急避難支援スキームを活用して支援できる対象に加わったのです。企業が自社の既存のリソースや仕組みを活かして社会課題に直接アプローチした画期的なアイデアでした。この施策は実際に121人の女性が救われた事例で、取り組みの結果として新規契約が9%UPしたそうです。
これをマーケティング面から見ると、新しいカテゴリーエントリーポイント(CEP)を作ったことで新規契約増加につなげたと考えられます。
CEPとは、生活者が商品を想起する際の「入口」を指します。例えば、宅食のカテゴリーでは「高齢者で買い物に行く手間が辛い」や「仕事や家事が忙しくて料理準備が難しい」など、それぞれ違うターゲットの違う入口・エントリーポイントを設定し、宅食カテゴリーに入るようにしています。
出典: SMMLab「CEPs(カテゴリーエントリーポイント)とは?ブランドが誰に何を訴求すべきか突き止めよう」
AXAの事例は、生活者が商品を想起する際の入口となる、新たなCEPを開発したとも言えます。
PR部門ゴールド
Nordea「THE PARENTAL LEAVE MORTGAGE」
フィンランドの銀行、Nordeaの事例です。フィンランドでは5年前に160日の育休を定める法律が制定されましたが、取得されている育休日数のうち、男性の取得はわずか12%のみでした。男女の賃金格差があり、主な家計の担い手が男性、かつ育休中は無給であるためです。そこでNordeaは、育休中は住宅ローンの支払いをストップできるようにしました。
Nordeaの事例は、育休時の経済不安を解決したいというCEPを作ったと考えられます。
2025年カンヌライオンズからの学び
今年のカンヌライオンズ受賞作からポイントを3つ抽出しました。
"One small change made big differences"(小さな変化が大きな違いを生む)
Indian Railwaysの「Lucky Yatra」やAXAの「Three Words」のように、シンプルなアイデアや既存の仕組みへのわずかな変更が、大きなビジネスインパクトや社会貢献につながる事例が目立っていました。
生成AIとの共存と倫理的課題
生成AIはコミュニケーション業界において不可欠な存在となりつつあり、その活用事例は多岐にわたります。Doveの事例が示すように、AIの倫理面での課題提起も同時に行われていました。
ターゲットの抱える課題解決を通じたカテゴリ・エントリー・ポイントの創出
AXAの事例に代表されるように、ターゲットが抱える社会課題を深く理解し、その解決に企業として貢献することで、ブランドへの新たな接点である「カテゴリ・エントリー・ポイント」を生み出す事例もありました。
PRは、カンヌライオンズの事例にもあったように、潜在的に認知はあるものの商品やブランドと結びついてないCEPを開発して、商品のエントリーポイントを拡張していくことに向いている施策です。社会や生活者の課題とブランドを結びつけて伝えることで、社会ごと化、仲間ごと化、自分ごと化させていくことができます。
当社では、ブランド力を高めるためにはPRパワーとブランドイメージをあげていくことが重要だと考えています。
そのために、勝てるカテゴリをCEPと設定してコミュニケーションしていくことが、ブランド力向上に結びつくと考えられます。
今回のカンヌライオンズが示すPRの進化は、現代のビジネス環境におけるブランドと生活者の新たな関係性構築のヒントに満ちています。皆さんのPR活動においても、これらの世界のトレンドをぜひ参考にしてみてください。
ビルコムは、単なる情報発信に留まらず、データに基づいた戦略的なPR活動を通じて、企業の市場創造を支援しています。 その強みは、独自の診断技術と伝達技術にあります。
診断技術:これまで曖昧になりがちだったブランド力をデータによって可視化します。独自の指標である「PRパワー」の考え方に基づき、当社で開発・提供している広報効果測定ツール「PR Analyzer」の報道データを用いて測定。必要なPR戦略や現在の課題をデータで客観的に確認できます。感覚的だったブランドの概念を明確なデータで捉え、効果的な戦略立案に繋げています。
伝達技術:PRパワーの測定を通じて課題を明確にすることで、次に打つべき効果的なPR戦略のパターンを見出すことができます。ビルコムには20年以上蓄積されたPR戦略の豊富なノウハウがあります。広報業務に関わるデータ分析やメディア露出状況から企業のブランド課題を可視化し、数多くの成功事例に基づいた打ち手のパターンを蓄積しています。
自社の課題を把握したい、あるいはブランド力を高めたいけれど何から始めたらよいか分からない、といった場合は、ぜひお気軽にお問い合わせください。
ビルコムへのお問い合わせはこちら
書き手:コーポレート戦略局 川島弓奈