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- 2019年11月25日
- PRノウハウ
新市場を創造するPR戦略とは ― 【第ニ回】新習慣の定着編
ビルコムのプロデュース局で国内外大手クライアントの戦略的PRコンサルティングを担当する長沢が、3回にわたり新市場創造に必要なPR戦略を解説する連載。第二回は「新習慣の定着」がテーマです。PETコーヒー市場をけん引するサントリー、ロングセラーブランドのリブランドに成功したライオンの事例を取り上げます。
サントリー「CRAFT BOSS」:デスクでコーヒーをちびちび飲む新習慣”を定着
500mlPETコーヒーの市場が拡大しています。2018年には前年比2.8倍 (本数ベース、手売りチャネル)、コーヒー飲料の中では3割をこえるシェアとなっています。(※1)
PETコーヒーの草分け的存在が、サントリーが2017年4月から発売している「CRAFT BOSS」です。缶コーヒーでお馴染みのロングセラーブランド「BOSS」の新たなラインナップとして市場に送り出されました。その背景にあるのが、缶コーヒーに馴染みのない世代の出現。中高年男性にとって馴染み深い缶コーヒーは、若年層や女性からは少し距離がある飲料でした。そんな世代をコーヒー市場へと誘いこむために、CRAFT BOSSは発売されたのです。
(※1)食品産業新聞社ニュースWEB「500mlPETコーヒー市場の拡大進む コーヒー飲料の3割超へ、水出し・微糖・“泡のコーヒー”など多様化」2019年6月5日
ポイント①:社会背景をもとにしたコミュニケーション
働き方や価値感が多様化し、「働きながら時間をかけてコーヒーを飲みたい」「一日中持ち歩きたい」という声が増加。“働く人の相棒”を商品コンセプトにしてきたBOSSの中で、CRAFT BOSSは、自由に、自分らしく働く世代の相棒として発売されています。
自由さ、楽しさは、テレビCMや交通広告などを初めとするペイドメディアの他にも、オウンドメディア(商品特設ページ)の世界観にも表されています。特にオウンドメディアでは、商品が開発された背景にある、働き方の多様性などのファクトデータにも言及。ターゲットへの共感、納得感を深めています。
SUNTORY「CRAFT BOSS」
ポイント②:市場創造記号を軸としたアーンドメディアの掲載獲得
そして、アーンドメディアで注目すべきは“ちびだら飲み”を提唱していること。これは、「デスクで働きながらコーヒーをちびちびだらだら飲む」という新しい習慣を言語化したもの。発売当初はちびだら飲みにふれる記事が少なかったものの、徐々に言葉が浸透し、ちびだら飲みをタイトルにした記事が増加しています。
<参考記事>
朝日新聞DIGITAL 「(ヒット!予感実感)「ちびだら飲み」用コーヒー開発」2017年5月18日
食品産業新聞社ニュースWEB 「“ちびだら”の「クラフトボス」と“一服”のショート缶、両輪で価値強化 サントリー食品「BOSS」の戦略」2018年8月4日
SankeiBiz 「「ちびだら飲み」需要争奪戦 ペットボトル紅茶でキリンとサントリー対決」2019年3月15日
前回の事例でも紹介したように、市場創造記号を軸としたコミュニケーションは、消費者の記憶にも残りやすいため、商品認知の拡大を促進させることができます。今回の事例でも、世間的にはまだ聞き馴染みのなかった語感のよい言葉で表現することで、メディアに興味を持ってもらうことに成功しています。
<参考>
サントリー ニュースリリース「缶コーヒーの「BOSS」から缶コーヒーじゃない「BOSS」登場 「クラフトボス」シリーズ新発売」2017年3月15日
ダイヤモンド・オンライン「サントリーがクラフトボスのブランドから「紅茶」を発売する事情」2019年3月1日
ライオン「クリニカ」:“予防歯科”という新習慣を定着
ライオンが1981年から販売しているオーラルケアブランド「クリニカ」は、2014年にブランドパーパスを設定し、リブランディングを実施しています。当時、高価格帯商品を中心に成長するオーラルケア・ハミガキ市場の中で、クリニカは低調なカテゴリに属する中価格ブランドでした。発売から30年以上が経過し、ファンが高齢化。「やや古い」「値段が安い」というイメージがつき、機能面で選ばれづらくなっていたのです。
その頃、政府は医療費削減を目的に、予防医療の普及を図っている最中。「治療から予防へ」という空気が社会的に流れ始めているところでした。そのため、クリニカでは予防歯科を軸に据えたブランドパーパスの策定、ファクト開発、オーラルケアの啓発活動などに取り組みました。社会に「予防歯科」という新しい習慣を定着させ、消費者のオーラルケア意識を高めることに重点を置いた結果、売上は1.5倍になったといいます(2017年、2013年比)。では、そのポイント見ていきましょう。
ポイント①:各種調査を実施して開発されたファクト
生活者に予防歯科を広めるには、自分ゴト化してもらうための理由が必要です。ライオンは各種調査を多数実施し、日本と海外の比較、生活者の実態などを浮き彫りにしています。
調査リリースには、社内外の有識者のコメントを加えることで、データに信頼感をもたせることができます。また、対生活者だけでなく対メディアでも、該当テーマの企画があった際に、コメントを求められる機会創出につなげることが可能です。
ライオンはこのような意識調査自体でもメディア掲載を多数獲得しており、アーンドメディアを活用した予防歯科の社会ゴト化、自分ゴト化につなげています。
ポイント②:社会課題に取り組むブランドパーパスの策定
調査を通し明らかになった生活者のインサイトには、「歯医者さんにほめられると嬉しい」という声があったそうです。そこで、クリニカのマーケティングチームは「歯医者さんにほめられる歯に」という生活者インサイトに寄り添ったメッセージを開発します。
パーパスには、「ほめられる瞬間をふやす」が策定されました。「治療から予防へ」という社会の流れ、そして、調査データからわかった日本人のオーラルケア意識の低さという社会課題を解決しつつも、生活者に寄り添う情緒的価値を付加させているところがポイントだと考えられます。
ポイント③:直接製品アピールを行わない「予防歯科」普及のための啓発活動
クリニカでは、製品や機能を全面に押し出すのではなく、あくまでも予防歯科を定着させることを第一にしたコミュニケーション活動を行います。たとえば、テレビCMでは製品情報に一切触れず、歯を健康に保つためには予防歯科が大切であるということを説きます。
クリニカアドバンテージNEXT STAGE シリーズ「大人のための予防歯科」篇/30秒/ライオン
また、調査データをもとに開発したファクトを盛り込んだ冊子やポスターを全国の歯科医院などに配布し、生活者の意識を高める活動も行っています。もちろん、こちらの冊子でも製品情報は全面に押し出していません。
一見このような活動は、「ブランドに繋がりにくい」「直接売上に結びつかない」と思われることも多いです。しかし、生活者の課題解決を第一に考えた活動は、生活者が自分ゴト化してくれたときに、ブランドの想起に結びつきやすいというメリットがあります。現に、製品を全面に押し出したコミュニケーション活動を控えても、クリニカは売上を大きく伸ばしています。
また、啓発活動とは別軸ですが、デンタルフロスの利用率を引き上げるため、FUJIWARA・藤本さんを起用したTwitter施策も行われました。こちらの施策ではフロスを使っていない人をターゲットとしているため、フロス未使用者の代表・藤本さんが実際に2週間使い続け、その様子を生配信、動画化することで興味喚起を図っています。潜在ユーザーのインサイトを反映した施策は、自分がフロスを使用したときの変化に共感しやすいため、購買層の拡大を期待することができます。
<参考>
日経クロストレンド「ライオン「クリニカ」売り上げ5割増 異論抑えた決断の裏側」2018年8月31日
日経クロストレンド「クリニカの大成功マーケ術 消費者の共感生んだライオンの仕掛け」2018年9月3日
Cross Marketing「ロングセラーブランド、リステージの戦略 第1回 予防歯科に着目した理由」2016年6月3日
まとめ
人の心が動くのは、「これは自分に関係がある」「自分に必要なことだ」と自分ゴト化された瞬間です。他人ゴトだと認識された途端、見向きもされなくなってしまうのが厳しい現実です。新しい習慣を根づかせるのは非常にハードルの高いことですが、実現できればブランドのロイヤルユーザーを増加させることができます。そのためには、世界や生活者の声に真摯に耳を傾け、ブランドが提供できる価値を見直していくことが必要だと考えます。
著者プロフィール
ビルコム株式会社・長沢美香
SP業界からPR業界へ転身し20年以上に渡り企業のブランディング、マーケティングに従事。toCでは旭化成ホームプロダクツ、旭化成ホームズ、マツモトキヨシ、toBでは専門商社、人材関連企業等、大手企業を中心としたコンサルティングチームを統括。メディアが多様化するなかで、単なるメディア露出増加だけではなく、コーポレートブランディング、SOEPメディアを統合し、経営課題を解決するPRコミュニケーションを設計している。
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